bluegrasswise ブログ

日本列島とほぼ同じ緯度にあるアパラチア山脈、どことなくその人情も日本人に通じる 南部アパラチアの田舎から生まれたオーガニックでエコなアコースティック音楽(共鳴 /共生)、そして1960年代以降のヒッピー文化を含むカウンターカルチャーとの出会い で自由な個々人の感性を尊重する非マウス音楽として人知れず世代を越えて広まりつつあるブルーグラス(bluegrass)にかかわる(wise)ブログです。

ノーム・ピケルニー & ステュアート・ダンカン Live Magic

ノーム・ピケルニー & ステュアート・ダンカン

ノームとステュアート、今日から札幌・大阪・名古屋

 昨夜、恵比寿で、もの凄いモン、観ました。
大音響のファンキーな南部ザディコの「Zydefunk」につづいて登場したノームとステュアート、ほとんどブルーグラス初体験の観客が、おそらく戸惑ったろうフィドルバンジョー音楽に、2、3曲目から会場が揺れ大歓声を上げていく様はじつに圧巻! 信じられない超ハイテクのビル・モンロー/ケニー・ベイカーの“Wheel Hoss”やシーンと会場が静まり返った“Lonesome Moonlight Waltz”、ブルーグラスのふる里であるスコットランドからアイルランドのトラッドからトミー・ジャレルのアパラチアンソウル……、そしてふたりとも、カントリージェントルメンからジョン・ハートフォードまで、楽器弾きとして知られる彼らから普段は聞けない歌もとてもいい。

 ちょうど50年前、フラット&スクラッグスを観てブルーグラスのとりこになった高校生、その後にもいろいろと凄いモン観ましたし、経験しました。そんな体験から皆さんに「わーわー」と言いつづけてきましたが、こんな年になって、さらにすごい「奴ら」を紹介できること、ほんとに嬉しい。ノーム・ピケルニーとステュアート・ダンカン、君たちはホンマ、素晴らしい! 
長年ブルーグラスを聴きやりつづける中、こんなに自分の信じた音楽ややって来たことが素晴らしいんだという確信を与えてくれる凄い音楽に昨夜、出会いました。ブルーグラスミュージシャンは偉大だ!!!

22日今日は札幌、23日は大阪、24日は名古屋です(詳細下記)。ぜひ、観においで……!!?

p.s. ノームとステュアートに関する月刊ブルーグラス専門誌「ムーンシャイナー」、2016年4月号と9月号、彼らふたりに関するそれぞれの特集記事をお楽しみいただければ幸いです。

 

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また、一部、ブログで紹介したステュアートのバンジョー、持ってきたのはグラナダじゃなく、ご執心のトップテンションでした。それでも自腹で座席を買ってます.....!!
 そのバンジョー遍歴と、尋常じゃないバンジョー愛は今後のムーンシャイナー誌にて。

10/22(月)
北海道 札幌・ベッシーホール
http://bessiehall.jp/
開場:19:00 開演:19:30
前売 4,500円 当日 5,000円
(問合せ)安倍=080-6081-8390、
happy_trail0912@yahoo.co.jp

10/23(火)
大阪 梅田・umeda TRAD
(会場問)06-7897-2454、info@umeda-trad.com
開場:18:00 開演:19:00
前売 4,500円 当日 5,000円
(学生前売り 3,500円 当4,000円)
(要別途1ドリンク¥500-)
(問合せ)fiddleandbanjo@nifty.com
080-3819-8818(井上)

10/24(水)
名古屋 今池BLcafe(BOTTOMLINE内)
開場:18:00 開演:19:00
前売 4,500円 当日 5,000円
(学生前売り 3,500円 当4,000円)
主催:Mountain Time Festival
(問合せ)安川=0584-45-2176 naonoar1948@ezweb.ne.jp
協賛:(株)HOSCO

ノームとステュアート、ご予約の皆さまへ

ノームとステュアートのコンサート

いよいよ近づいてきました10月23日、ノームとステュアートのコンサート

ノームとステュアート、超多忙なふたりとも大変日本でのフィドルバンジョー公演を楽しみにしています。ノームは近年手に入れたン千万のギブソングラナダを、ステュアートは12歳のときビーンブロッサムでケニー・ベイカーから260ドルで買ったフィドルを、それぞれ自腹で楽器用の飛行機座席を購入するという本気度です。ふたりとも、わたしの知る限りチョー真面目なブルーグラス人間、ぜひその人柄にも触れてみてください。

また、ノームとステュアートに関する月刊ブルーグラス専門誌「ムーンシャイナー」、2016年4月号と9月号、彼らふたりに関するそれぞれの特集記事を「bluegrasswiseブログ」に上げています。お楽しみいただければ幸いです。

いよいよです。21世紀はじめに、きっと観ておいた方がいい、世界最高の弦楽器奏者で
す。「21世紀に甦るアメリカンポップサウンドの源流!」などという、ちょっと恥ずか
しいコピーも通じます。ブルーグラス以外の方にも是非見ていただきたいですね。

ムーンシャイナー編集長より

 

月刊ブルーグラス専門誌「ムーンシャイナー」2016年4月号掲載
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月刊ブルーグラス専門誌「ムーンシャイナー」2016年9月号掲載
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月刊ブルーグラス専門誌「ムーンシャイナー」2016年9月号掲載
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ステュアート・ダンカン特集 MOONSHINER/April 2016

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ステュアート・ダンカン 「フィドルメニア」

 本誌2月号でお伝えすることができなかった、世界最高峰のブルーグラス フィドラー、ステュアート・ダンカンの来日、2月26日に急きょ開かれたワークショップなどからその音楽や素顔、そしてやはり、その尋常ではないバイオリンへの愛情などをお伝えしてしてみようと思う。

 

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■基本データ

 1964年4月14日、バージニア州クワンティコの海兵隊基地で生まれ、ロサンゼルスの西北約65マイル、1時間ほどのサンタポールで育っている。海兵隊勤務の父はピート・シーガーに影響されたバンジョーを弾き木工が趣味という堅実な家庭型らしく、ステュアートは父の趣味や、きっと性格までもをそのまま受け継いでいると見た……。

■タイムカプセル

 アリソン・ブラウンが高校卒業記念にと、二歳年下のステュアートとの連名で創った、ふたりともにデビュー作となる『Pre-Sequel』は1981年の発表だった。衝撃だった! 何よりも当時17歳か18歳、ハーバード大学進学が決まったという女子高生、アリソン・ブラウンのすごいバンジョーとドブロに、おそらく世界中のブルーグラッサーが驚いた! その上に15歳のステュアート・ダンカンがフィドルマンドリン、そして趣味のいいリードギター……、女性や子供が一級のトッププレイヤーとまったく遜色ない演奏を聴かせるという、それ以降現在もなおつづくトレンドの初めての作品として、明らかにブルーグラスの新しい時代を告げるアルバムだった。1981年のこのアルバム以降、21世紀の天才、クリス・シーリの出現まで、日本ではバブル景気による若者たちへの骨抜き文化によりブルーグラスのみならずあらゆるアコースティック音楽の冬の時代がつづく間、米国と欧州では怒涛のブルーグラスワールドが開けて行くのだが……。

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 そんな天才少女と少年だが……、やることは可愛い。「アリソンとタイムカプセルを埋めたんだ。べっ甲のピック、オーセンティックなドブロのサムピック、お互いへ宛てた2ページの手紙、フェスの主催者が踏み固めた土、そして何枚かの写真など。で、ミレニアム(2000年)に掘り起こそうって」、カリフォルニアブルーグラス協会のグラスバレイのフェス会場に埋めたという。「実際にはスケジュールが合わなくて、2002年になったんだけど、ふたりで大捜索、ちゃんと金属探知機も用意してね。楽しかったなぁ」。話している間中、子供みたい……。

■ラリー・スパークス

 そのデビュー作を聴いて以来、ずっと気になりながら1984年、ナッシュビルのステーションインでラリー・スパークスのロンサムランブラーズでとんでもなく爽やかな若者が、とんでもなくロンサムなフィドルを弾くのに感激、名前を聞くと「ステュアート・ダンカン」! あっ、あの……!?

 アリソンとのアルバムののち、高校卒業後に当時は唯一のブルーグラスを授業に持つテキサス州のサウスプレーンカレッジに一年のみ就学したのち、その年にラリーに加入したと思われる。

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 1970年代に西海岸を訪れていた日本の――とくに西海岸には関東系が多かったような印象があるが――若いブルーグラッサーたちは、まだ中高生だったステュアートやアリソンらとけっこう邂逅しているかもしれない。当時のジューンアップル誌などで報じられていたという記憶がかすかにある。カリフォルニアの名門トラッドグラス、ロスト・ハイウェイにも在籍、1982年にサウスプレーンカレッジで録音した『Lost Highway』にも参加していたというから、きっとディズニーランドでの演奏アルバイトにも通っていたに違いない。

 ラリー・スパークスという、現在はデル・マッカーリーと並ぶブルーグラス第一世代と第二世代を結ぶ至宝に若くして仕えた……そんな事実だけでも、今から考えるとすごいことだと思う。若くして、おそらく自ら望んで、ブルーグラスの核心に手を届かせたとは、……これはすごい奴だと思っていると、すぐその後、ピーター・ローワンとベラ・フレック(当時ステュアートと同様、ケンタッキー州レキシントン在住)の勧めでナッシュビル移住。それは1970年代の初期からのブルーグラスフェスやヒッピーたちのサポートで盛り上がりはじめた若者たちのブルーグラス(ニューグラスと括ってもいい)が、ようやく1980年代になって初めてナッシュビルでビジネスとして相手にされるようになり、サム・ブッシュやマーク・オコナーをはじめとするニューグラスの牽引者らがジョン・ハートフォードの引力でナッシュビル移住をはじめた時期とも重なる。

ナッシュビル

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 移住の1985年、当時のネオトラッドの風潮に乗って登場した中でもディープな南部の匂いを纏った話題のカルテット、ピーター・ローワンのバックバンドのように活動をはじめていたナッシュビルブルーグラスバンドに雇われて5人目のメンバーとして参加。以来30年間、NBBのバンドメンバーであり続けている。NBBはブルーグラスグラミーの常連としてラッキーなスタートを切ったが、看板ボーカリストのアラン・オブライアンが喉を痛めて活動のペースを急減速、最近では年に数回というライブスケジュールで、スタジオセッションの多いステュアートには居心地の良いバンドなのかもしれない。

 ナッシュビル移住とともにデモセッションのフィドラーとしてスタジオミュージシャンをスタート。当時、リッキー・スキャッグスの大ブレイクで始まったネオトラッドという70年代ポップカントリーに対する保守回帰のカントリーが見直され、急にフィドルの需要が増えたところに、おそらくステュアートの音の中にブルーグラス出身者共通の符号を読み取ったのか、「リッキーがセッションに声をかけてくれたんだ」という。そののち、「ちょうどマーク・オコナーの都合がつかないとき、ランディ・トラビスのセッションに呼ばれ、それ以降、次々とカントリー系の仕事も入ってくるようになった」のだという「ラッキー! 」。

 ランディをフロントランナーにした、いわゆるハットカントリー(カウボーイハットの復活)と呼ばれるホンキートンクをベースにしたカントリー、なかでも「カントリーの王様」と呼ばれるジョージ・ストレイトやアラン・ジャクソンのすべてのレコーディングにおける間奏を取ってきた実績は、ブルーグラスやアコースティック界でのアーティスティックな活躍以上に業界では評価されているという。

 しかし、我々にとって、ステュアートはブルーグラスフィドルの境界を限りなく拡げてくれた世界一のフィドラーだ。トラッドグラスのエッセンスを知り、それを的確なブルーグラス楽器の三大要素として知られる「3T」(トーン、タイミング、テイスト)で表現しながら、マーク・オコナーのクリエーター志向とは違う、ブルーグラスフィドルのイノベーターとして、おそらく本人も誇りを持って、ラリー・スパークスともヨーヨー・マとも同じ、ブルーグラスフィドラーとしてのスタンスで、我々に無限の可能性をもたらしてくれる。

■クラシックと楽譜について

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 「3T」のほかに、ワークショップで重要なポイントとして挙げたのは「P」(ピッチ)だ。その正確なピッチと多彩な自在ボウイング、左手指の圧力から生まれるすばらしいトーンから、わたしはてっきりクラシックの素養があるものだと思っていたのが大間違い! まったくクラシックは学んだことがないと言う……ただ一ヶ月間(4回ほど)、母の勧めでバイオリン教室に通っている。ひと月経ったのち、先生から母に電話があった、「残念ですが息子さん、わたしには教えかねます。だってどの曲も言った通り弾かず、すぐにハーモニーを付けてしまうんですもの……」と。そののち、あの正確なピッチと複雑なテクニックはすべて耳で覚えていったのだと言う。家にフィドルがあったのは、父が「家にない唯一の楽器だからって買ってきた」という。スコットランド系ということで、スコティッシュフィドルにも興味を持ったという。

 また、「楽譜はヨーヨー・マとの(グラミー受賞作品)『Goat Rodeo Session 』(2011)まで、読めなかったんだ」という言葉にも驚いた。つまり、彼の数々のスタジオセッションは100パーセント、譜面をなぞることではなく、そのセンスで買われているんだ!ということだ。誰も彼に、「こう弾け」とは指図しないのだ。

 「ゴートロディオのアルバム制作の準備期間が一年近くあって、その間のリハーサルで曲想を思いついて弾いていると、エドガー(マイヤー)がサッサとその場で楽譜にしてくれるんだ。自分はしばらく経つと忘れてしまうという、そんな繰り返しで、それでは困るんだとエドガーやヨーヨーに言われて、初めて真剣に楽譜を読み始めたんだ。今ではゆっくりだけど、なんとか読めるんだ。譜面は、読めないよりは読めた方が良いということに、やっと気付いよ」。

■無銘の愛器について

 1976年の夏休み、「12歳のとき、初めてのビーンブロッサムを体験したんだ。そこで母さんと歩いていると、ケニー・ベイカーが13本、フィドルを並べて売っていたんだ。その中から赤っぽいバイオリンが目に留まり、弾いてみたらすごく良くて。ケニーは、『そいつぁーいいフィドルだべ!(嬉しそうに強烈なアパラチア訛りの口癖を真似ながら)』。でもちょうどその頃、父さんが初めて作ったバイオリンをもらったばかりで、『でも父さんに悪いな』って、母さんと顔を見合わせていると5分ほどして父さんがやってきて、どれどれって弾いてみたんだ。すると、父さん『ぜんぜん違う!』って、買ってくれたんだ。それは少しだけ(約半インチほどブリッジとテイルピース側が)、普通より大きなフィドルで、それが今も一番メインで弾くフィドルなんだ」。

 そこで気になるお値段を聞いてみると、「260ドル。これまでにストラディバリウスやガルネリ……、本物だよ! いろんな名器というものを弾くチャンスがあったけれど、その260ドルのフィドルに勝るものは一本もなかったよ。今回のワールドツアーではそれじゃなくて、やはりボディーが半インチほど長い、別のフィドルを持ってきてるんだ」。それはマッジーニのコピーで、ナッシュビルの「バイオリンショップ」のフレッド・カーペンターから交換で手に入れたものという。

 「わたしは今、10本ほどのフィドルを持っていて、いろいろと試しているんだけれど、そのうち父が作ったのを含めて4本の気に入ったものがあるんです。また、これまでの経験から、ブルーグラスにはイタリア産のものはあまり向いてなくて、やはりドイツか東ヨーロッパ系のものが向いているように思います」

■日本とソロアルバム

 「そうそう、そのとき(1976年)のビーンブロッサムにはたくさんの日本人がいて、それがブルーグラス45だって思ってたんだけど(わたしのいたそのバンドは、かつてアメリブルーグラス界で伝説的に有名で、日本人とみると「45?」と言われることがあったという)違うんだね? でも、今でも45のLPを大事に持ってるんだ! 『Hello City Limits』だろ?」。ズコッ!……それは思い違いです、そのタイトルのLPアルバムはネッシーエキスペディションというバンドのんです! ちなみに1976年はわたしにとって、初めてのブルーグラスツアーを企画/引率した思いで深いツアーでもある。

 「今でも、ぼくがカバーのムーンシャイナーを持ってるよ」と言ってくれたステュアート、それは1990年1月号だった。あたらしい90年代の幕開けに、新シリーズ「90年代ブルーグラスの顔」の第一弾としてこのとき、ステュアートはずば抜けた輝きを持っていた。

 そう言えば、1986年にナッシュビルブルーグラスバンドが初来日したのも今回と同様、寝耳に水の来日だったようで、ムーンシャイナーでカバーになる暇もなかったと記憶している。確か、米政府の文化交流使節として米国のプロバンド初の中国公演だった。 二回目の来日は1993年、熊本の第5回カントリーゴールドだった。

 ソロアルバム『Stuart Duncan』が出たのは1992年、4半世紀もの間、世界一のフィドラーがアルバムを出さないとは、どういう訳なんだ!

 「みんな、二枚目を出したら、『一枚目が良かったのに!』って、きっと言うだろう。それが嫌なんだ」……なるほど、そういうもんか? 「って、いうのもあるにはあるけれど、忙し過ぎて、自分のオリジナルを書く暇がない!ということもある。やっぱり、カバーばかりじゃネ? 」

 ワークショップに向かう山手線の中で、「おうなぐうにって知ってるかい?」ときた。なんか「海の中の建物がどーの、こーの……」。ぐうにって、国のことかな? なんやろ……、とその場では降参、後日彼がメールで送ってきたのは「与那国(Yonaguni)」。あー知ってる! 海底遺跡かどーか、論争のあるとこだ。3日後、日本最終公演の大阪で、「大阪城ってここからどれくらいかかる?」、なぜかと思えば、巨石が見たいのだという。……どうやら、不可解な構造物に反応する巨石マニアの一面も持つようだ。

■家族について

 妻のディータは、サム・ブッシュの隣に住んでいて、当然ながら子供の頃からブッシュ家の知り合い、またコートニー・ジョンソンからバンジョーレッスンを受けていたような生粋のニューグラスっ子だったという。「14歳のとき、1985年のルイビルで開かれたケンタッキーフライドチキンのフェスで初めて会った。ファンの女の子のようにスクラップブックにいろいろとニューグラス系アイドル!?の写真を集めててみんなに見せてたんだ。偶然、その年の新聞に大きくわたしの写真が載っていてね。それで、名前を覚えたようだけど、そのときは彼女、ベラ・フレックと結婚するつもりだったんだ。

 それから5年ほどのちのある日、ツアーからの帰り道に、家に帰ってから飲むビールを買いに店に飛び込んで、支払いの年齢認証のIDを出したら、若い女店員が、『わたし、あなたを知ってる』って、よく見ると、『ぼくもあなた知ってる!』って、その頃は彼女もナッシュビルに移っていて偶然に再会。翌年に結婚したんだ。すぐに長男ジョッシュが生まれ、いま25歳ですでに結婚、ブルーグラスミュージシャンのわたしとは大違いの堅実人生。次男ジョナサンはシェフで、ステュアートは築地で「有次」の包丁をお土産に買っていた。高校を卒業した長女ダルシーは18歳。

■ステュアート・ダンカン・ワークショップ

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 しかし、かれのワークショップ本番でのあのオタクぶりには驚いた。最初っからビル・モンローの1947 年録音と1960年録音の“It's Might Dirk To Travel”を聴きながら、「key of G」のチャビー・ワイズと「key of B」のデイル・ポッターのフィドル間奏を聴きながら、そのエッセンスを実演……またオールドタイムフィドラーの音程に関するシビアな考察。ミュージシャンとして一番大切なのは、隣の人の音が聞こえること。

 自分では分からないが、妻ディータが言うサイコーの演奏はクリス・シーリ『Not All Who Wander Are Lost 』(2000)に収められている“Raining at Sunset ” の2回目のソロだという、のだそうだ。ワークショップでわずか数秒のソロに聴き入る姿は、あたかも演奏しているかのように体が反応していた。このアルバムに与えられた準備期間はたったの1週間だったという。

 そして運指練習法として、たとえばとても速いベラ・フレックのフレクトーンズのバンジョー曲“Magic Fingers ” を挙げ、キーを変えるなど、バイオリンではあまりないフレーズ固執バンジョーフリークの片鱗に驚きと、あーヤッパ?という感慨を持たせた。世界一のフィドラーも、やはり世界一のマンドリン奏者たち――サム・ブッシュやデビッド・グリスマン、クリス・シーリらと同様、スリーフィンガーをよくするバンジョーフリークなんだ......!? また、曲ではなくダブルストップを自在に組み合わせたり、バッサー・クレメンツもウォームアップにおススメ。

 使用弦は、トマスティック、スパーフレックス「ウィーンのト本社を訪れるチャンスがあったんだ。中にはどんな機械なのか秘密にしている部屋もあったけどいろんなところを見せてくれた。そこで知ったのがタングステン製のG線。とてもいいんだ」。ゲージはミディアムE、ライトA、ライトD、そしてミディアムのタングステンG。なお、E線にはデンマーク製のラーセンのツィガーヌ( Larsen Tzigane)がお勧めと言う。ブリッジはクラシックと比べると少しフラットだと言い、トリプルストップも披露してくれた。また、今日の参加者のほとんどは、わたしよりも弓を強く張っているという。

 仕事から疲れて帰ったりしたとき、どんな音楽を聴きたいですかという問いに、しばらく考えて、「初期の録音が好きだなぁ。1920〜30年代のギターのブルースや同時期のオールドタイムストリングバンド、フィドルなんかちょっとシャープしていて別のスケールに聴こえる山の音とか。考えさせられるものじゃなく、そこにあることがチョッと怖いような音楽かな……。そのあとはビールからな」。インプロバイズのアイデアはどこから生まれるという問いには、「例えば歩いてるとき大きなアナログ時計を思い浮かべ、それが自然に体の中で回り始めると、アルペジオやコードをセットして発展していく……」と「G-C-D」のコード展開で、次々と湧いて出るアドリブ。
 最後の2曲と言って、ベラ・フレック『Drive 』から“Down in the Swamp ” と最後、“Billy In the Lowground ” で締めた。

■楽器工作マニア……

 お父さんがクロウハンマーバンジョーを弾いていたって? 「うん、ピート・シーガーのようなね。父さんは海兵隊に務めてて、沖縄にもいたし、ベトナムにも行っていたんだ。基地育ちだったけれど、そのおかげでいろんな食べ物を楽しんだよ。お寿司にガリを乗せて食べるのも、醤油の代わりにポン酢をつけるのも、そんな中から自分で考えたんだ。料理も大好きだけど、ディータの方が上手だって知ってるんだ。もちろん、いろんな音楽もね」。ヨーヨー・マとのグラミー受賞作でも弾いていたクロウハンマー、お父さんの影響と思いきや、「いや、スリーフィンガーの方が得意なんだ!」って、うっソー!? それで、悪いクセとは知りつつ、ブルーグラス成立に関するアール・スクラッグス、すなわち三本指に込められたポリリズムとメロディーを装飾して行くアルペジオの不作為さとその重大さを語ってみたが、「アーハン」。ま、こんなマニアックな話は寿司を喰いながらするものではない、と反省。

 父親譲りの極めつけは木工。ステュアートが小さいとき、父はしょっちゅう楽器を解体しては組み立てていたという。高校の課題では古いベースをレストアーしたり、マンドリン型のエレキを作ったり。ついには今、最初のF5コピーが完成間近だという。ワークショップでは参加者のフィドルをつぎつぎとチェック、道具を持ち出して魂柱までセットしはじめたのには驚いた。ステュアートが弾くと、どのフィドルも素晴らしかった。

 最終日の大阪、日本で一番行きたかった場所は、「東急ハンズ」。友達がアメリカにない工具を見つけたって教えてくれたから。やっと時間が取れて、大阪の東急ハンズへ。彼はヒトコト、「ここなら、1日中いてもいい」。 (完)

ノーム・ピケルニー 特集 MOONSHINER/Autumn 2016

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宝塚フェスでの ノーム・ピケルニー

文:渡辺三郎

 

 8月6日、第45回記念 宝塚ブルーグラスフェスもたけなわの午後、ノーム・ピケルニーが東京からツアーマネージャーの役割を買って出てくれた井上ゆい子の案内で到着した。驚いたことに、フェスグラウンドに着いたそのときから、もう馴染んでいる。つまり、そこら辺の、フツーのフェスフリークの一員と化している……。

 なんてったって今、世界一のバンジョー奏者としての評価が定まりつつある、ニューヨークのブルックリンを本拠に世界を飛び回ろうとし始めているパンチブラザーズのキーメンバーであるノーム・ピケルニーだ。キラキラと輝いていても不思議はないはずだが、完全に馴染んでいるのだ。

 わたしが宝塚ブルーグラスフェスをやり始めた動機、45年前のアメリカでの体験などについて、本誌6月号「第45回記念 宝塚ブルーグラスフェスを迎えるにあたって」の記事で紹介した1971年6月18日の初フェス体験で述べたように、ビル・モンローがそこら辺をフツーに歩き回っていて、その内に「ジャムしようか?」って言った、そんなスターの壁もない、みんな平等なブルーグラス信奉者だけのパラダイス。ノームはそんな中にすんなりと馴染んでいる。

 しかしさすが、午後9時から用意された自分のセットでは世界一のバンジョー奏者としての実力をいかんなく発揮してくれた。宝塚フェスの趣旨とシステムを理解して、「ほかの出演者のみんなと一緒の10分でいいよ」と言ってくれたノーム、でもそれはない。友情出演として記念フェスの特別ゲストということで40分の時間を取らせてもらった。その目くるめくセットのリストだ。

■ Noam Pikelny at Takarazuka; Aug. 6, 2016

1). Prelude
2). Once I had an Old Banjo/Jim Thompson's Horse
3). Kenny Baker Plays Bill Monroe Medley:
Mississippi Waltz/ Ashland Breakdown/ Jerusalem Ridge
4). My Mother Thinks I'm A Lawyer
5). Wreck of the Old 97 (flatpickin' guitar)
6). Rag Doll/Pineywoods
7). new instrumental unnamed, maybe I'll call it "deep foggy!"
8). Rolling in My Sweet Babies Arms
9). For Pete's Sake 

 フェスグラウンドの林に吸い込まれていきそうな、5弦バンジョーとは信じられないような美しい響きではじまったノームのセット。ブルーグラススタンダードや驚くべきフラットピッキンギターでのトラッドソングなど、そして最後は誰もが知ってる“Rolling in My Sweet Baby's Arms ”でのすばらしいブルーグラスピッキンと歌……、なお、youtubeなどでの(Noam Pikelny Rolling in My Sweet Babies Arms banjo shred)でのヒドイ!!ジョークものとはまったく違う、とてもまじめなすばらしいワンマンブルーグラスだった。

 ちなみに、彼が今回の日本/オーストラリアのツアーで持ってきたのは、画期的なトーンリング=ヘリマウント構造で知られるネックビル社製のネクスター(Nextar)、「2002年から持っているもので、2フレット追加した特別仕様のものです。オーストラリアでは楽器を持っての飛行機の旅が困難なため、いつも使っているギブソングラナダは持ってきませんでした」とのこと。

 2006年9月、ちょうど10年前、パンチブラザーズの前身、ハゥ・トゥ・グロウ・バンドが始動した年にジョン・コーワン・バンドのメンバーとし宝塚フェスでのノーム・ピケルニーて初来日、そのツアーマネージャーを務めたときからそのバンジー馬鹿ぶりはとても強烈な印象として残っている。ホテルロビーでもプラットフォームでもどこでも、「5分ある?」と聞いてきて、「yes!」とでも答えようものなら早速バンジョーを取り出し、当時取り組んでいたクラシックのピアノ練習曲を弾きはじめる。「凄いね」というと、「ベラはもっと凄い」と真顔で言った。

f:id:bluegrasswise:20181011210926p:plain アール・スクラッグスが5弦バンジョーに革命的な奏法を編み出してから約15年後、ビル・キースによってスクラッグススタイルとはまったく異なるメロディック奏法を編み出した。スクラッグスがバンジョーの5弦を、アフリカ由来のポリリズムを生むドローン弦として見事にそのテクニックに組み込み、ブルーグラス特有のシンコペーションやドライブを産み出したのとは対照的に、キースのメロディック奏法は5弦をドローン弦としてではなく音階の一部として捉えたのだ。以来、メロディック奏者は5弦を音階の中に取り込むことに腐心、パット・クラウドらがメロディックでアドリブを操りはじめ、ベラ・フレックに至って完全な自由を得たように思える。

 今回のノーム・ピケルニーのソロを聴いていて、5弦バンジョーが完全に現代のフツーの楽器として機能していることを感じた方も多いのだろう。バンジョーに重要だとよく言われる右手ではなく、ノームにとって重要なのは2フレット多くセットされた24フレットのエクステンデッドフィンガーボードのすべてを把握する左手であり、スリーフィンガーがその地図を読み解いて、いかなるメロディをも瞬時にアドリブとして奏でることができるか、ということであろうかと感じた。わたしには、この10年間のノームの精進が、その物腰と声音とはうらはらな茶目っ気に隠されているように感じた。考えられないほどの努力の賜物が、これほどすんなりと宝塚フェスに馴染んでいることが、わたしには不思議な感動だった。

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One Man, One Banjo, One Joke...

 近年ノームは、パンチブラザーズ以外にさまざまなプロジェクトで大活躍だ。ルーク・ブラやブライアン・サットン、ジェシー・コッブやバリー・ベイルズらと1970年代ブルーグラスを再現してみたり、ステュアート・ダンカンやイーファ・オドノバンとのデュエットツアー、そして現在はマイケル・デイブズとブリタニー・ハースとのトリオなど。また今年2月から初のソロツアーをはじめた。しかしこの6月に、自身のホームページで「さまざまな圧力がかかり、わたしのマネージャーからは何度も、露出し過ぎは良くないと諫められ、減速することを余儀なくされました。ということで今年の夏、わたしのソロショウはサンディエゴとポートランドウィニペグタカラヅカだけとなってしまいました」と紹介している。

 しかしなぜ、ソロコンサートなのか? 今年2月、「Drive Thru With Rog 」というインタビューサイトでロジャー・レイノルズが行ったソロライブについてのインタビューから興味深い部分を紹介しておこう。(https://www.youtube.com/watch?v=kozLKVY9fSwより)

 「これまでずっとバンドやコラボレーションなどでやってきたけれど、初めて一人だけでツアーするんです。バンジョーはたくさん弾くし歌も歌いギターも弾きます。とにかく完全な自由を得たこと、そしてショーが終わった後、良かったときの評判を独り占めにできるのがいいですね(笑い)。もちろん悪かったときの責めもね。ただ、独りといってもサウンドマンがいるんです。パンチブラザーズ結成以来だから、もう10年もの間、すべてのショウのサウンドを創ってきたデビッド(デイブ)・シンコが一緒なんです。

 わたしにとってソロツアーは、これまでの何よりも重要に思えます。バンジョーという、皆さんが持つ音の大きなピュアな楽器というイメージだけでなく、メロウだし、サステインもあるということを音の実況として伝えたいんです。だからわたしの楽器の音自体が、これまでの何より大切なんです。デイブにはその大切なことが伝わるようにしてもらうのです。デイブの素晴らしい仕事を称賛する人たちに、よく彼は言うんです「ただ、音量を上げただけさ」って。彼の哲学はきわめて明確です。楽器が鳴る自然な音を取り込み、それをより大きくするというだけなんです。ある人は、それぞれの楽器の音質をシェイプアップしようと試みるようですが、彼はそんなことはしないんです」。(宝塚でデイブはいなかったが、オーディオテクニカのマイクATM35と、●●プリアンプをそのままラインにつないで実に自然な音を出していた)

 とても洗練されたジョークの名手としても知られるノームだが、世の中にこれほど多くのバンジョークがありながら、なぜノーム自身はほとんどバンジョーを笑いネタにしないのか? バンジョーという愛すべき楽器をおとしめたくないのか?というインタビュアーのするどい問いに、「確かにバンジョーは、アール・スクラッグス以前、カントリーショウ(田舎もんを表す)の小道具でした。しかしアールの登場以来、ビル・キースやベラ・フレックらによって芸術の域にまで高められ、今日では疑うべくもなく本物の音楽ができる楽器と人々に認められるようになりました。しかし同時に、わたしはジョークが大好きです。シリアスな面とは別に、その歴史やポップカルチャーとしてイジルのは好きです。いま最高に好きなのは、偉大なバンジョー奏者でわたしのヒーローでもあるアラン・マンデのもので、文脈は忘れましたが、世界一のバンジョー奏者と言われるご気分はと聞かれ、想像できますか?世界一のカズー奏者だって言われたときの気持ち!って……、最高の返事だと思いました」。

 オリジナルとカバーのバランスに、いつも心を配るのは、わたしのトラディショナル音楽への愛とバンジョーにおけるあたらしい好奇心とのミックスなのです。いつもステージではそのバランスを考えながら曲を選びます。また、わたしのあたらしい曲にアールとの直接の関係性を一聴して感じるのは無理かもしれませんが、アールの人生をトレースしていけば、アールのファンダメンタルと良いミュージシャンのそれは同じものであることに気付くでしょうし、おのずとアールが聴こえてくるでしょう。それはクラシックであろうとプログレッシブブルーグラスであろうと、どんな音楽にも共通することで、わたしはそれを証明しようと試みています。わたしの好きな音楽は、音的には完全にあたらしくて、しかもそこになぜ行き着いたかがわかるような音楽なんです」。

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ノーム、ショートインタビュー

 また今年2月末、シアトル郊外のベルビューで開かれたウィンターグラス(5月号と6月号で北大トリオのリポートあり)に参加した奈良のベーシスト、中川千尋さんがノームに短いインタビューをしているので、それも紹介しておこう。

Q1: メインバンジョーについて教えてください
 2013年にサウスカロライナで入手した1930年頃のグラナダ(オリジナル4弦)にフランク・ニートに作ってもらった5弦のネックを取り付けています。新しいネックはエクステンデッドフィンガーボード(24フレット)ではなく、通常の22フレットです。ブリッジはヒューバー社のもを使っています、いろいろ試して、このバンジョーにはこれに落ち着きました。(それまでの愛器ギブソンのトップテンションPB-7は手放したという)

Q2: セットアップはどうしていますか?
 セットアップはロビン・スミス、フランク・ニート、ロニー・べイン、ジョー・グレイザーらに見てもらっています。自分ではあまり触りません。ヘッドのチューニングですが限りなくGに近いG#です。弦の交換は、1週間に一回程度。

Q3: ピックのことについても教えてください。
 ピックはゴールデン・ゲートのサムピックとオールドのナショナル・フィンガーピックです。

Q4. バンジョーを弾き始めたのはいつ(何歳)からですか?そのきっかけは?
 弾きはじめたのは8歳から、兄がマンドリンを弾いていた影響です。初めはクローハンマー、そしてスクラッグススタイルを練習しました。バンジョーがわたしの最初の楽器です。

Q5.ブルーグラス以外の音楽は何が好きですか?
 ブルーグラス以外の音楽はあまり聞かないですが、強いて言えば、ペダルスチールのカントリー・スウィングが好き。ジャズ(ウエスタンスウィング)、クラシックピアノなども練習のために聞くことがあります。

Q6.「Noam Pikelny Plays Kenny Baker Plays
Bill Monroe」は大ヒットしましたが……
 ケニー・ベイカーのLPをそのままバンジョーで弾くアイデア、はじめはジョークからだったんですが、良いアイデアだと思うようになりました。録音にはとてもナーバスになりました。だって僕はバンジョー弾きですからね。

Q7.若いバンジョー弾きに何かアドバイスを。
 基本的にアール・スクラッグス、そしてJ.D.クロウの演奏を研究しよう!

 翌朝早くの飛行機でオーストラリアに向かわねばならないノーム、東京から来ていた若手バンジョー奏者の小寺拓実とひとしきりジャムをしたあと、満足そうにゆい子に言った、「さぁ、行くぞ」。ノームが会場を去った深夜、長年にわたり宝塚フェスに来ているベテランが言った、「ただのバンジョー好きなフェスフリークやったネ……」。

(...Arigato, Noam! 完)

弾いてみよう!
「Road To Columbus」
〜宝塚フェス バンジョーワークショップ続編〜

文、タブ譜/宮本 有

 

 ノーム・ピケルニー氏、宝塚フェス参加の話を聞き、恒例のワークショップにこの曲を選択した。なんとワークショップにも途中から参加してくれてタブ譜のチェックをしてくれた……というか、彼自身このレコーディングの時には完全なアドリブで、どう弾いていたのか正確には覚えていないようで、私のタブを「ああそうそう、こんなだったな〜」という感じで弾いてくれていた。そこで幾つかの点で彼はこう弾くこともあるが、「ボース・ウェイ・イズ・ライト(どちらも正しいと思う…)」的な話をしてくれた。今回、ワークショップで配布したタブに彼が教えてくれたポイントなどを加筆修正して紹介します。

 音の流れが同じでも次へ続く運指を考えてどこのポジションで弾くのがよりよいか考えながら、また人によって手馴れた指使いもあるだろうし、絶対にこれが正しいということはない。ただ必要とされる表情やスピードでは弾けないと多くが感じる運指は効率的でなく良くないものだろう。

f:id:bluegrasswise:20181011212844p:plain このタブの3ーBの部分は、このままだとフレットがないところの音を弾くことになるので、今回は参考とさせていただく。音はだいたいこれに近いのでは……と思うが、不明な部分がある。二段目1小節目の運指がこのままではよくないのだが、そこを彼に聞くことができなかったのが、非常に残念で悔やまれる。もしお分かりの方がおられたら教えて下さい。

 彼のバンジョーには通常より2つ多くフレットがついていた!今回バタバタの中だったので、彼のバンジョーを弾かせてもらうことはなかったが、ネックのヒールに近い太くなっていく部分はどうなっていたのか?何らかの工夫がないと2つ増えたフレットの音をきれいに弾くのはよほど押さえ方がしっかりしているか、手が大きいかでないときれいな音は出にくいと思われる。通常のニューギブソンだとこのタブの範囲でもなかなかクリアできれいな音は出しにくい。実際、彼のYouTubeでのプレイでは3ーBの位置のブレイクはほとんど1ーAのフレーズで弾いている。

 動画を見たついでにイントロからファースト・ブレークの入りがけの部分を併記したが、思ったよりも開放弦を使っていることが分かる。

f:id:bluegrasswise:20181011213513p:plain タブの最後4ページ目には、先ずワークショップ中で彼が弾いた練習のためのリックを載せた。彼が云うこの場合の指使いの基本がITM。Iは強く弾きにくいのでよく練習してね〜ということを言っていたような……。あくまで基本の指使いで、前のフレーズからのとか、次のフレーズへの続き具合とかによっては、これに限らない。

 ワークショップのタブの運指を掲載しています。ところによっては私自身この方が弾きやすいこともあり、ひょっとして人前で弾く時はこちらを使うことがあるかもしれません。

 

 

Road To Columbus Banjo tab1

Banjo tab1-A,1-B

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パンチ・ブラザーズ来日特集 MOONSHINER/Autumn 2016

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パンチ・ブラザーズ衝撃!!

 8月初頭の3日間、ブルーノート東京に連夜出演していたパンチ・ブラザーズの最終日、5日に出かけました。すでに多くの友人やリスナーから興奮した調子のメイルが届いていましたが、それにしてもステージに出てきた時の、マイルズ・ディヴィスがあの世から帰ってきたのかと思うようなすごい歓声にはびっくりしました。

 アクースティックなストリング・バンド、しかもかなり難しい音楽を展開しているグループなので、どんなライヴになるか予想できない部分もありましたが、全く心配ご無用でした。録音物とライヴは別の存在として意識している彼らは一本のマイクを囲みながら、絶妙な感覚でそれぞれのメンバーがマイクに近づいたり離れたりし、複雑な曲でも勢いと視覚的な要素で難なく伝えます。各メンバーの技術もずば抜けているし、終始クールな姿を一切崩さないノーム・ピケルニーとロック・スター並のジェスチャーを多く使うクリス・シーリのコントラストもまた面白い。

 演奏曲目は毎回かなり変えていたそうです。ぼくが見た回は最新作からの曲ももっと古い曲もありましたが、ダントツ会場が沸いたのはやはりトラディショナルなブルーグラスでした。本人たちは日本のファンの反応にびっくりして、非常に気を良くしていたし、すでに次の来日を楽しみにしている様子でした。

 因みに、ぼくはクリス、ノーム、ゲイブの3人にインタヴューをしましたが、その原稿は次号のEris(オンラインで無料で読めます)に掲載されます。発行は9月8日になる予定です。(http://erismedia.jp/

 

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f:id:bluegrasswise:20181011203110p:plain わたしのパンチブラザーズとの旅人生の中で、今回はとくに大好きな旅行になりました。食べ物は本当に素晴らしく、これまでの人生で食べた最高の寿司とラーメンを経験できました!すべてが、間違いなくグレートでした。われわれが会うことのできた誰もがとてもフレンドリーで、ファンから、ブルーノートのスタッフから、また東京で日中に探索したときに出会ったランダムな人々からの歓迎と思いやりを表してくれました。とても気に入り、そして来年も戻って来ることができればいいのですが! ―――クリス・エルドリッジ(Chris Eldridge)

 

 

 

 

 パンチブラザーズの東京公演が「えらいこと」になっているという。ジャズクラブの名門、ブルーノート東京で連続三日間6公演が大評判、ソールドアウトも連発した1500人にも及ぼうかという観客動員は、おそらく1968年のフラット&スクラッグスと1973年のビル・モンロー初来日以来の快挙ではないだろうか!? 矢野顕子がパンチの追っかけをカミングアウトしたからなのか?メディアやセレブたちが押し寄せたたことも大きいだろうが、本誌読者をはじめ、日本ブルーグラスの皆さんのサポートこそ、今回の来日とその大成功に限りなく大きかった功績だと思う。

 ブルーノート東京の公式ブログの初日リポートで、雑誌「ジャズ批評」の元編集長で音楽評論家の原田和典氏は、「曲が終わるたびに超満員の観客から猛烈な歓声と拍手がわき、ジョークを交えたMCでは笑いが起こり、最後はスタンディング・オヴェイションです。中心人物のクリス・シーリーが『なんてアメイジングなオーディエンスなんだ』と喜んでいましたが、これほど気合の入ったプレイをたっぷり聴かされたら、熱狂するしかないでしょう。(中略)ステージにはアンプひとつなく、マイクも1本だけ。そのマイクを囲むようにして5人が集まり、絶妙な弦の重なりを観客に届けます。各人がマスター級の技量を持ち、アンサンブルもアドリブもリズムも抜群」とそのブルーグラスの王道アンサンブルを称え、ビル・モンローからCSN&Yばりのコーラスハーモニーやアグレッシブなマンドリンチョップにジェイムズ・ブラウン・バンドのジミー・ノーレンのファンキーさを重ね、アパラチアントラッドとドビュッシー室内楽の共存に驚嘆している。そして、「年末あたりには、おそらく今年最高の洋楽系ギグのひとつとして語られるのではないでしょうか」と結んでいる。
http://www.bluenote.co.jp/jp/reports/2016/08/04/punch-brothers.htmlより)

 現在のクラシックをも含む米国音楽界で最高の才能の一人とされるクリス・シーリが率いる史上最高のストリングバンド、彼らがわれわれのブルーグラスコミュニティー育ちのミュージシャンであるということを誇りに思う。

 折から第45回記念 宝塚ブルーグラスフェスを主宰する身にとって、8月3日から5日というブルーノート東京のパンチ公演を観に行くことはできなかった。くやしい思いをしていると、友人でもあるノーム・ピケルニーが宝塚フェスに来たいという。契約の関係で事前告知はできなかったものの個人として参加、友情出演ですばらしいソロライブも聴かせてくれた。そんなノームからのメッセージです。 (渡辺三郎)

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ブルーノート東京と宝塚フェス

ノーム・ピケルニー(Noam Pikelny)

 わたしはまだ、日本で過ごした時間にドキドキしています。それは、わたしの人生におけるもっとも忘れ難い経験と冒険の一つとなりました。

 パンチのブルーノート滞在は多くの理由で特別なものとなりました。明らかなことは、われわれには日本での演奏経験がなく、さらに三日間をかけて一つの会場で6回のショウをするという前例もありませんでした。それに似たような経験はたった一度だけ、10年以上前にありました。まだ、パンチブラザーズという名前ができるずっと前、バンドが始動しはじめた頃、ステーションインでテンションマウンテンボーイズと名乗って、三夜連続のライブをやったことがあります。

 われわれの東京公演は、そんな初期のいい思い出を思い起こさせてくれました。われわれは出来るだけ異なったセットを組むように心がけました。そのことは、ここ何年も演奏することのなかった曲を引き出してくるという、思いがけない機会を与えてくれました。それは意図的ではなかったものの、われわれ初のレトロ(懐古的)演奏と呼ぶのににもっとも近いものでした。

 ブルーノート東京の観衆は素晴らしかった。われわれは1400以上という入場者数にも非常に驚きましたが、それ以上に重要な、観客の皆さんがとても暖かく受け入れてくれたことに、非常に感動しました。信じられないことに、遠くからやって来て、6回のすべてのショウを観た人たちもいました。この11年間、われわれのバンドは安定しながらますます成長し続けているので、時々、全体を観ることをせずに自分たちを見失うことがままあります。東京のステージ上から、一杯の観客席を見渡したとき、何人かの方がわれわれの曲に合わせて口を動かしているのが見えました。それはとても感動的で、われわれのバンドとしても大切なことを再確認させられました。

 われわれの東京公演が、偶然にも宝塚フェスの週末と重なることに初めて気付いたとき、わたしはチョッと残念に思いました。わたしは、毎年恒例のフェス計画のため、何人かの人がブルーノートに来れないのではないかと気づかいました。そしてわたし自身、ほんの数日のことでフェスを逃してしまうことに苦しみました。しかし、多くのブルーグラスファンが両方のイベントをともに楽しめることを、そしてわたしはオーストラリアに向かう直前にフェスに回り道できることをカレンダー上に発見したとき、とても安心しました。

 ブルーノートでの演奏が終わったあと毎夜、楽屋からホテルに向かうバンに歩いて行く合間、そこには何人かの人が、「宝塚で会いましょう!」と言うために、待っている人がいました。ほんと、信じられませんでした!

 わたしは今も、宝塚フェスへの思いを募らせていたことを認めなければなりません。車が山の中へ入って行くにしたがって、それが特別なものになることを確信しはじめました。わたしは、子供の頃にビーンブロッサムやフロンティアランチに向かっているときと同じ予感と興奮に包まれて行ったのです。もう10年以上も会っていなかったタローのタバコを買うために、山に上りはじめた所にある宝塚のセブンイレブンに立ち寄りました。わたしは駐車場からの景色を写真に収めなければなりません。わたしはゆい子に、「ここは全世界でもっとも美しいセブンイレブンの駐車場だ!」と叫ばずにはおれませんでした。

 フェスでは皆さん、とても親切にしてくれ、そこに居られることをとても誇りに感じました。わたしは、尋常じゃない数のバンドがそこにいること、またその才能のレベル、とくにバンジョー奏者のそれに大変感動させられました。また、そこには何人かの燃え盛るような若者がおり、そして彼らがいかに独創的なプレイヤーで新風を吹き込んでいるかを聴き取ることができました。彼らがある特定のスタイルに取りつかれているとは思えないものでした。

 わたしの唯一の後悔は、フェスで過ごす時間が短かったことでした。わたしは、たしかに6回連続の東京公演で疲れていましたし、翌朝早く、関西空港からオーストラリア行の飛行機に乗るため、夜遅くに会場を去らねばなりません。

 サブさんと一緒にバンジョーワークショップの会場に行くために階段を登るとき、わたしは通常のバンジョーのゲージやフィンガーピックなどについて話し合っているワークショップだとばかり思っていました。なんてことでしょう!それは大間違いでした。驚くなかれ、何ということか! 宮本 有さんはわたしの"Road to Columbus"をすべてタブ譜に写し取り、それを一音ずつクラスで教えているではありませんか! わたしはとても幸運なことに近年、(バンジョー奏者として)少しは認められていますが、宝塚の山の中で、部屋一杯のバンジョー奏者たちが"Road to Columbus"のわたしのソロに取り組んでいるのを目撃したこと、これにはとても感動しました。わたしはこれまで、これほどまでに光栄だと感じたことはありません。

 わたしは常に、ブルーグラスコミュニティの一員であることを誇りにしており、この旅行がさらにその思いをより深めて行くことを本当に証明してくれました。55人のバンジョー奏者とともに、ステージで"Foggy Mountain Breakdown"を弾いたのはとても楽しいものでした。後日、サブさんがそのイベント(バンジョー数珠繋ぎ=表2写真参照)には「Deep Foggy(濃ー霧)」と名付けられていたことを説明してくれ、ことの意義深さにさらに驚きました。なんて美しい伝統なんでしょう!わたしは心からもう一度その(Banjo Juzu)一員になりたいと願っています。
 わたしを歓迎してくれた皆さんに、心の底からの感謝を申し上げます。 (完)

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ノーム、鳩正宗と共演する

文/伊藤創平(最澄

 

 8月6日、宝塚ブルーグラスフェスの土曜日、鳩正宗のステージでノーム・ピケルニーと共演させていただきました。これまでノームと交流があったわけでもないわたしたち、鳩正宗が共演するに至った、その発端は大学の先輩・小野泰平さんからの「ええこと思いついたんやけど……」という提案でした。

 小野さん曰く、鳩正宗が持ち曲にしているザ・バンドのカバー“Ophelia ” をノームと一緒にステージで弾いたらどうか。ノーム本人が良ければとサブさんの許可はすでにもらっているとのこと鳩正宗と、左から小林繁之(bj)、伊藤創平(md)、岸部功太郎(gt)、ノーム、小野健児(fd)、小野悠子(bs)なのです。確かにノームがパンチブラザーズで“Ophelia ” を演奏しているのは知っていました。ザ・バンドの原曲の雰囲気をブルーグラス楽器で見事に再現していました。一方わたしたちは、ギブソンブラザーズによってブルーグラスアレンジされたバージョンを参考にして演奏していました。当然一緒に演奏できたら嬉しいけれども、バージョンも違うし、そもそもいきなりお願いしてやってもらえるのだろうかと思っていました。

 しばらくすると、小野さんがいつの間にかノームからの承諾ももらっていてくれていました。「“Ophelia ” を一緒にステージでやって欲しい。ギブソンブラザーズのバージョンだけど……。とお願いしたらOKだったよ」、とのことでした。そんな経緯で共演できることになったのです。その後、わたしたちからも改めて直接ノームに共演のお願いと感謝を伝え、バンド練習をしたいとお願いしたところ、快く応じてくれました。

 間近で見るノームのバンジョーにまず感動しました。ハイポジションを多用した独特のスタイルに、バンジョーとは思えないほど軽やかで美しい音でした。最初は全体のバランスを見てか控えめなバックアップでしたが、鳩正宗フィドルの小野健児さんが、「みんな見たいだろうから、もっと弾いて!」とお願いしました。2回の練習を終えて、本番を迎えました。

 わたしたちが3回聴いたノームの演奏は、それぞれどれも素晴らしかったのですが、やはり本番のソロは一層聴きごたえがあって、構成も綺麗にまとめられていました。わずかな時間でアイデアを磨き上げて、本番で一番の演奏をする、第一線で活躍するプロの力を垣間見ました。ノームは歌っているわたしや、ソロを弾く人の方をじっと見ながら演奏していました。あっという間でしたが夢のような時間でした。

 2016年、パンチブラザーズの来日は、かつてのビル・モンローやサム・ブッシュ、デビッド・グリスマンの来日のように、日本のブルーグラスにおけるエポックメーキングな出来事として語られるのだろうと思います。

今回、このような貴重な機会を作っていだたき、サブさん、小野泰平さん、そしてノーム・ピケルニーには改めて感謝申し上げます。どうもありがとうございました!
■鳩正宗メンバーコメント
小林繁
 アメリカに行った際は遠くから見ているだけだったノームと同じステージに上がれてとても感動しました。バンジョー2台でステージに上がったこともあって、私の拙いバッキングを注視しながらも合わせて弾くノームの姿が印象的でした。
●岸部功太郎
 まさか人生でノームと一緒に演奏する機会があるとは思いませんでした。ずっとYoutubeで見ていた憧れの人だったので、とても嬉しいです。このような機会を作っていただき、ありがとうございました!
●小野健児
ノームはとても上手でした。また一緒に演奏したいです(^^)
●小野悠子
 演奏中のノームの真剣な眼差しが印象的でした!!いっしょにバン練もできて感激でした☆☆
バンド名は難しくて覚えてもらえませんでした……。英語名にしとけばよかった!

■鳩正宗プロファイル
神戸大学ブルーグラスサークルで2009年頃結成、メンバー交替を経て現在まで神戸を中心に全国のブルーグラスフェスなどで活動しているブルーグラスバンド。毎月第三土曜日の20:30から、神戸三宮ホンキートンクでライブ中。ノーム承認の“Ophelia ” youtubeは「Hato with Noam Pikelny」で検索。
https://www.facebook.com/hatomasamune/


Hato with Noam Pikelny 鳩正宗

秋の夜長のマウンテン ミュージック@鎌倉ゴーティ

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(イラストは、キッチンシスターズのオダギリ ミホ)

10.14, 鎌倉フィドルバンジョー

ヨーロッパからのフィドルとアフリカからのバンジョーが19世紀はじめ、南部アパラチアの山奥で出会ってアメリカン ポップが生まれました。

フィドルバンジョーを軸にした音楽はそれからほぼ200年、ブルーグラスとともに現在まで人知れず世界中で受け継がれています。

ゆるーくて暖かい、宝塚と鎌倉の(ほぼ)ファミリーミュージックです。

 

●10月14日(日曜)18時開場・19時開演、前2,000円
●出演:Baker's Dozen(サブさん+由利ちゃん)
    Ys(ゆい子/優子/由利子)
●場所:「Cafe Goatee」(http://www.cafegoatee.com/
  鎌倉市小町 2-10-7 ストロールビル3F
  (JR鎌倉駅より小町通りを3分、東洋食肉店右折)
●予約:メールのみの受付です(info@cafegoatee.com)。
 件名を「10/14 ベイカーズ ダズンとYsライヴ予約」として、
 お名前、人数、電話番号をお知らせください。
 ※開場時間より先着順入場
 ※予約で定員に達した場合は当日券の販売はありません
●お問い合せ:090-2556-9637(おおこそ)

 

なお同10月14日、山梨県北杜市清里での「ポール・ラッシュ祭」には、稲葉和裕&ブルーグラスバディーズとブルーグラス☆ポリスとともに、サブさんは「井上(渡辺)三郎トークショウ」(午前11時~)に出演予定です。

www.seisenryo.jp

 

Stuart Duncan & Noam Pikelny 来日! その3

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 ブルーグラスな皆さま、今夏、全国的な災害、そして猛暑、被害に会われた方、お見
舞い申し上げます。

 さて現在、世界最高峰のフィドルバンジョー奏者、ふたりの来日のお知らせです。

 

bluegrasswise.hatenablog.com

 

 ムーンシャイナー誌9月号でも特集しましたように、10月21日から、東京(21日)、札幌(22)、大阪(23)、名古屋(24)の4都市を4日間で巡るという強行ツアーのお知らせです(わたしもすべてに参加します)。大阪のご予約、お問い合わせはこのメールに返信ください。それ以外は、それぞれ添付チラシの各地へ……!!くれぐれもよろしくお願いします。
 「フィドルバンジョー」デュオで日本の若者ブルーグラッサーがいる地方にと、ステュアートは「女性ジャズボーカルの女王」と呼ばれるダイアナ・クラールのワールドツアーを抜け出し、一方のノームは今夏発表のパンチブラザーズ最新作『All Ashore』のサポートで全米コンサートツアーを終え、そして11月7日から2週間のヨーロッパツアーの合間を縫って、前後を含めてたったの6日間だけの日本滞在です。


Noam Pikelny and Stuart Duncan - "Tallahassee" Rehearsal

 ステュアート・ダンカン(54)は、1980年代後半以降のブルーグラス界最高のフィドラーとしてあらゆる名演/名盤に名を刻み、ジョージ・ストレイトやアラン・ジャクソンをはじめとするメジャーカントリー、さらには現在ツアー中のダイアナ・クラール(夫はエルビス・コステロ)とのジャズ、そしてクラシックの世界的チェリストヨーヨー・マとの『Goat Rodeo Sessions』では4度のグラミー受賞するなど(驚くべきことにステュアート、「楽譜は読めなかった!」というブルーグラス信奉者!!)、「フィドル」を別次元に引き上げたアメリカンフィドルの最高峰!

 一方、伝統的ブルーグラス5人編成のパンチブラザーズのメンバーとして最先端のまったく新しいアメリカンポップを提示するベラ・フレック以降のバンジョー最高峰、ノーム・ピケルニー(37)は、2006年のジョン・カウワン・バンドと2016年のパンチブラザーズにつづく3度目の来日。矢野顕子が追っかけをするというパンチの「ブルーノート東京」で連続三日間6公演が大評判、日本音楽界に衝撃を与え、「年末あたりには、おそらく今年最高の洋楽系ギグのひとつとして語られるのではないでしょうか」(ブルーノート東京より)と評された。そののちノームは単身、第45回宝塚ブルーグラスフェスに参加、多くの人と交流しブルーグラス小僧ぶりを発揮している。

 「フィドルバンジョー」というユニークな究極アンサンブルをぜひやりたい! 聴かせたい!という、その意気込みでの来日です。そのブルーグラス愛を皆さんにも感じていただきたい。きっとすごい音が聴けます!

t.livepocket.jp