ノーム・ピケルニー 特集 MOONSHINER/Autumn 2016
宝塚フェスでの ノーム・ピケルニー
8月6日、第45回記念 宝塚ブルーグラスフェスもたけなわの午後、ノーム・ピケルニーが東京からツアーマネージャーの役割を買って出てくれた井上ゆい子の案内で到着した。驚いたことに、フェスグラウンドに着いたそのときから、もう馴染んでいる。つまり、そこら辺の、フツーのフェスフリークの一員と化している……。
なんてったって今、世界一のバンジョー奏者としての評価が定まりつつある、ニューヨークのブルックリンを本拠に世界を飛び回ろうとし始めているパンチブラザーズのキーメンバーであるノーム・ピケルニーだ。キラキラと輝いていても不思議はないはずだが、完全に馴染んでいるのだ。
わたしが宝塚ブルーグラスフェスをやり始めた動機、45年前のアメリカでの体験などについて、本誌6月号「第45回記念 宝塚ブルーグラスフェスを迎えるにあたって」の記事で紹介した1971年6月18日の初フェス体験で述べたように、ビル・モンローがそこら辺をフツーに歩き回っていて、その内に「ジャムしようか?」って言った、そんなスターの壁もない、みんな平等なブルーグラス信奉者だけのパラダイス。ノームはそんな中にすんなりと馴染んでいる。
しかしさすが、午後9時から用意された自分のセットでは世界一のバンジョー奏者としての実力をいかんなく発揮してくれた。宝塚フェスの趣旨とシステムを理解して、「ほかの出演者のみんなと一緒の10分でいいよ」と言ってくれたノーム、でもそれはない。友情出演として記念フェスの特別ゲストということで40分の時間を取らせてもらった。その目くるめくセットのリストだ。
■ Noam Pikelny at Takarazuka; Aug. 6, 2016
1). Prelude
2). Once I had an Old Banjo/Jim Thompson's Horse
3). Kenny Baker Plays Bill Monroe Medley:
Mississippi Waltz/ Ashland Breakdown/ Jerusalem Ridge
4). My Mother Thinks I'm A Lawyer
5). Wreck of the Old 97 (flatpickin' guitar)
6). Rag Doll/Pineywoods
7). new instrumental unnamed, maybe I'll call it "deep foggy!"
8). Rolling in My Sweet Babies Arms
9). For Pete's Sake
フェスグラウンドの林に吸い込まれていきそうな、5弦バンジョーとは信じられないような美しい響きではじまったノームのセット。ブルーグラススタンダードや驚くべきフラットピッキンギターでのトラッドソングなど、そして最後は誰もが知ってる“Rolling in My Sweet Baby's Arms ”でのすばらしいブルーグラスピッキンと歌……、なお、youtubeなどでの(Noam Pikelny Rolling in My Sweet Babies Arms banjo shred)でのヒドイ!!ジョークものとはまったく違う、とてもまじめなすばらしいワンマンブルーグラスだった。
ちなみに、彼が今回の日本/オーストラリアのツアーで持ってきたのは、画期的なトーンリング=ヘリマウント構造で知られるネックビル社製のネクスター(Nextar)、「2002年から持っているもので、2フレット追加した特別仕様のものです。オーストラリアでは楽器を持っての飛行機の旅が困難なため、いつも使っているギブソン・グラナダは持ってきませんでした」とのこと。
2006年9月、ちょうど10年前、パンチブラザーズの前身、ハゥ・トゥ・グロウ・バンドが始動した年にジョン・コーワン・バンドのメンバーとし宝塚フェスでのノーム・ピケルニーて初来日、そのツアーマネージャーを務めたときからそのバンジー馬鹿ぶりはとても強烈な印象として残っている。ホテルロビーでもプラットフォームでもどこでも、「5分ある?」と聞いてきて、「yes!」とでも答えようものなら早速バンジョーを取り出し、当時取り組んでいたクラシックのピアノ練習曲を弾きはじめる。「凄いね」というと、「ベラはもっと凄い」と真顔で言った。
アール・スクラッグスが5弦バンジョーに革命的な奏法を編み出してから約15年後、ビル・キースによってスクラッグススタイルとはまったく異なるメロディック奏法を編み出した。スクラッグスがバンジョーの5弦を、アフリカ由来のポリリズムを生むドローン弦として見事にそのテクニックに組み込み、ブルーグラス特有のシンコペーションやドライブを産み出したのとは対照的に、キースのメロディック奏法は5弦をドローン弦としてではなく音階の一部として捉えたのだ。以来、メロディック奏者は5弦を音階の中に取り込むことに腐心、パット・クラウドらがメロディックでアドリブを操りはじめ、ベラ・フレックに至って完全な自由を得たように思える。
今回のノーム・ピケルニーのソロを聴いていて、5弦バンジョーが完全に現代のフツーの楽器として機能していることを感じた方も多いのだろう。バンジョーに重要だとよく言われる右手ではなく、ノームにとって重要なのは2フレット多くセットされた24フレットのエクステンデッドフィンガーボードのすべてを把握する左手であり、スリーフィンガーがその地図を読み解いて、いかなるメロディをも瞬時にアドリブとして奏でることができるか、ということであろうかと感じた。わたしには、この10年間のノームの精進が、その物腰と声音とはうらはらな茶目っ気に隠されているように感じた。考えられないほどの努力の賜物が、これほどすんなりと宝塚フェスに馴染んでいることが、わたしには不思議な感動だった。
One Man, One Banjo, One Joke...
近年ノームは、パンチブラザーズ以外にさまざまなプロジェクトで大活躍だ。ルーク・ブラやブライアン・サットン、ジェシー・コッブやバリー・ベイルズらと1970年代ブルーグラスを再現してみたり、ステュアート・ダンカンやイーファ・オドノバンとのデュエットツアー、そして現在はマイケル・デイブズとブリタニー・ハースとのトリオなど。また今年2月から初のソロツアーをはじめた。しかしこの6月に、自身のホームページで「さまざまな圧力がかかり、わたしのマネージャーからは何度も、露出し過ぎは良くないと諫められ、減速することを余儀なくされました。ということで今年の夏、わたしのソロショウはサンディエゴとポートランド、ウィニペグとタカラヅカだけとなってしまいました」と紹介している。
しかしなぜ、ソロコンサートなのか? 今年2月、「Drive Thru With Rog 」というインタビューサイトでロジャー・レイノルズが行ったソロライブについてのインタビューから興味深い部分を紹介しておこう。(https://www.youtube.com/watch?v=kozLKVY9fSwより)
「これまでずっとバンドやコラボレーションなどでやってきたけれど、初めて一人だけでツアーするんです。バンジョーはたくさん弾くし歌も歌いギターも弾きます。とにかく完全な自由を得たこと、そしてショーが終わった後、良かったときの評判を独り占めにできるのがいいですね(笑い)。もちろん悪かったときの責めもね。ただ、独りといってもサウンドマンがいるんです。パンチブラザーズ結成以来だから、もう10年もの間、すべてのショウのサウンドを創ってきたデビッド(デイブ)・シンコが一緒なんです。
わたしにとってソロツアーは、これまでの何よりも重要に思えます。バンジョーという、皆さんが持つ音の大きなピュアな楽器というイメージだけでなく、メロウだし、サステインもあるということを音の実況として伝えたいんです。だからわたしの楽器の音自体が、これまでの何より大切なんです。デイブにはその大切なことが伝わるようにしてもらうのです。デイブの素晴らしい仕事を称賛する人たちに、よく彼は言うんです「ただ、音量を上げただけさ」って。彼の哲学はきわめて明確です。楽器が鳴る自然な音を取り込み、それをより大きくするというだけなんです。ある人は、それぞれの楽器の音質をシェイプアップしようと試みるようですが、彼はそんなことはしないんです」。(宝塚でデイブはいなかったが、オーディオテクニカのマイクATM35と、●●プリアンプをそのままラインにつないで実に自然な音を出していた)
とても洗練されたジョークの名手としても知られるノームだが、世の中にこれほど多くのバンジョークがありながら、なぜノーム自身はほとんどバンジョーを笑いネタにしないのか? バンジョーという愛すべき楽器をおとしめたくないのか?というインタビュアーのするどい問いに、「確かにバンジョーは、アール・スクラッグス以前、カントリーショウ(田舎もんを表す)の小道具でした。しかしアールの登場以来、ビル・キースやベラ・フレックらによって芸術の域にまで高められ、今日では疑うべくもなく本物の音楽ができる楽器と人々に認められるようになりました。しかし同時に、わたしはジョークが大好きです。シリアスな面とは別に、その歴史やポップカルチャーとしてイジルのは好きです。いま最高に好きなのは、偉大なバンジョー奏者でわたしのヒーローでもあるアラン・マンデのもので、文脈は忘れましたが、世界一のバンジョー奏者と言われるご気分はと聞かれ、想像できますか?世界一のカズー奏者だって言われたときの気持ち!って……、最高の返事だと思いました」。
オリジナルとカバーのバランスに、いつも心を配るのは、わたしのトラディショナル音楽への愛とバンジョーにおけるあたらしい好奇心とのミックスなのです。いつもステージではそのバランスを考えながら曲を選びます。また、わたしのあたらしい曲にアールとの直接の関係性を一聴して感じるのは無理かもしれませんが、アールの人生をトレースしていけば、アールのファンダメンタルと良いミュージシャンのそれは同じものであることに気付くでしょうし、おのずとアールが聴こえてくるでしょう。それはクラシックであろうとプログレッシブブルーグラスであろうと、どんな音楽にも共通することで、わたしはそれを証明しようと試みています。わたしの好きな音楽は、音的には完全にあたらしくて、しかもそこになぜ行き着いたかがわかるような音楽なんです」。
ノーム、ショートインタビュー
また今年2月末、シアトル郊外のベルビューで開かれたウィンターグラス(5月号と6月号で北大トリオのリポートあり)に参加した奈良のベーシスト、中川千尋さんがノームに短いインタビューをしているので、それも紹介しておこう。
Q1: メインバンジョーについて教えてください
2013年にサウスカロライナで入手した1930年頃のグラナダ(オリジナル4弦)にフランク・ニートに作ってもらった5弦のネックを取り付けています。新しいネックはエクステンデッドフィンガーボード(24フレット)ではなく、通常の22フレットです。ブリッジはヒューバー社のもを使っています、いろいろ試して、このバンジョーにはこれに落ち着きました。(それまでの愛器ギブソンのトップテンションPB-7は手放したという)
Q2: セットアップはどうしていますか?
セットアップはロビン・スミス、フランク・ニート、ロニー・べイン、ジョー・グレイザーらに見てもらっています。自分ではあまり触りません。ヘッドのチューニングですが限りなくGに近いG#です。弦の交換は、1週間に一回程度。
Q3: ピックのことについても教えてください。
ピックはゴールデン・ゲートのサムピックとオールドのナショナル・フィンガーピックです。
Q4. バンジョーを弾き始めたのはいつ(何歳)からですか?そのきっかけは?
弾きはじめたのは8歳から、兄がマンドリンを弾いていた影響です。初めはクローハンマー、そしてスクラッグススタイルを練習しました。バンジョーがわたしの最初の楽器です。
Q5.ブルーグラス以外の音楽は何が好きですか?
ブルーグラス以外の音楽はあまり聞かないですが、強いて言えば、ペダルスチールのカントリー・スウィングが好き。ジャズ(ウエスタンスウィング)、クラシックピアノなども練習のために聞くことがあります。
Q6.「Noam Pikelny Plays Kenny Baker Plays
Bill Monroe」は大ヒットしましたが……
ケニー・ベイカーのLPをそのままバンジョーで弾くアイデア、はじめはジョークからだったんですが、良いアイデアだと思うようになりました。録音にはとてもナーバスになりました。だって僕はバンジョー弾きですからね。
Q7.若いバンジョー弾きに何かアドバイスを。
基本的にアール・スクラッグス、そしてJ.D.クロウの演奏を研究しよう!
翌朝早くの飛行機でオーストラリアに向かわねばならないノーム、東京から来ていた若手バンジョー奏者の小寺拓実とひとしきりジャムをしたあと、満足そうにゆい子に言った、「さぁ、行くぞ」。ノームが会場を去った深夜、長年にわたり宝塚フェスに来ているベテランが言った、「ただのバンジョー好きなフェスフリークやったネ……」。
弾いてみよう!
「Road To Columbus」
〜宝塚フェス バンジョーワークショップ続編〜
ノーム・ピケルニー氏、宝塚フェス参加の話を聞き、恒例のワークショップにこの曲を選択した。なんとワークショップにも途中から参加してくれてタブ譜のチェックをしてくれた……というか、彼自身このレコーディングの時には完全なアドリブで、どう弾いていたのか正確には覚えていないようで、私のタブを「ああそうそう、こんなだったな〜」という感じで弾いてくれていた。そこで幾つかの点で彼はこう弾くこともあるが、「ボース・ウェイ・イズ・ライト(どちらも正しいと思う…)」的な話をしてくれた。今回、ワークショップで配布したタブに彼が教えてくれたポイントなどを加筆修正して紹介します。
音の流れが同じでも次へ続く運指を考えてどこのポジションで弾くのがよりよいか考えながら、また人によって手馴れた指使いもあるだろうし、絶対にこれが正しいということはない。ただ必要とされる表情やスピードでは弾けないと多くが感じる運指は効率的でなく良くないものだろう。
このタブの3ーBの部分は、このままだとフレットがないところの音を弾くことになるので、今回は参考とさせていただく。音はだいたいこれに近いのでは……と思うが、不明な部分がある。二段目1小節目の運指がこのままではよくないのだが、そこを彼に聞くことができなかったのが、非常に残念で悔やまれる。もしお分かりの方がおられたら教えて下さい。
彼のバンジョーには通常より2つ多くフレットがついていた!今回バタバタの中だったので、彼のバンジョーを弾かせてもらうことはなかったが、ネックのヒールに近い太くなっていく部分はどうなっていたのか?何らかの工夫がないと2つ増えたフレットの音をきれいに弾くのはよほど押さえ方がしっかりしているか、手が大きいかでないときれいな音は出にくいと思われる。通常のニューギブソンだとこのタブの範囲でもなかなかクリアできれいな音は出しにくい。実際、彼のYouTubeでのプレイでは3ーBの位置のブレイクはほとんど1ーAのフレーズで弾いている。
動画を見たついでにイントロからファースト・ブレークの入りがけの部分を併記したが、思ったよりも開放弦を使っていることが分かる。
タブの最後4ページ目には、先ずワークショップ中で彼が弾いた練習のためのリックを載せた。彼が云うこの場合の指使いの基本がITM。Iは強く弾きにくいのでよく練習してね〜ということを言っていたような……。あくまで基本の指使いで、前のフレーズからのとか、次のフレーズへの続き具合とかによっては、これに限らない。
ワークショップのタブの運指を掲載しています。ところによっては私自身この方が弾きやすいこともあり、ひょっとして人前で弾く時はこちらを使うことがあるかもしれません。